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zoom RSS 悪性リンパ腫闘病記・・・・最悪の事も勉強しておくのです♪

<<   作成日時 : 2013/05/20 07:09   >>

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画像 病院も同じだし、もしかしたらあの「無間地獄」という同じ治療になるかもからないので、團十郎さんの著作「團十郎復活」をあらためて読み直しています・・・・団十郎さんは白血病でフルーコースやっています。つまり 抗がん剤→再発→自家移植(末梢血幹細胞移植)→再発→同種移植(妹さんの骨髄移植 A型からO型へ)という治療です


残念ながらご存知のように亡くなってしまいましたが、著作を読むとものすごく論理的でご自身の病気もよく勉強されているし、歌舞伎の世界も良くわかるし・・・とても素晴らしい本だと思います

この治療の中で團十郎さんが「無間地獄」と呼んだものすごくつらい治療は「自家移植」です

あぜ丸は主治医にこの可能性も示唆されています

でもすぐではないと思います 以下の判断をしたいと考えています

あぜ丸の場合・・・悪性リンパ腫でも濾胞性の低悪性度といって、がん化されるスピードが1年単位ということになっています 今回の生体検査でその型が変わっているかが大きな判断ポイントです


6/6 生体検査(確定)

  結果:型が変化して進行が早くなっている 
      →ほかの抗がん剤(ゼヴァリン、フルダラビン) または 自家移植
  
      型は変化していない
      →とりあえず放射線治療・・・・その他薬剤を考える

 
という感じです


とはいえ、やはり「自家移植」するのも体力がいるので、年をとってからこの治療を選択できるものではないのです だからある時期までに判断しないといけないという感じになります


それでは・・・・自家移植についてです


以前は、自家移植でも骨髄細胞を使っていました。しかし、造血機能の回復が早いことから、最近では、世界中のほとんどで末梢血幹細胞を用いた移植になっています。


まず、治療のための大量抗がん剤療法を行います。これは前処置療法と呼ばれ、「MCEC療法(ラニムスチン/カルボプラチン/エトポシド/シクロホスファミド)」あるいは「LEED療法(メルファラン/シクロホスファミド/エトポシド/デキサメタゾン)」等の組合せの治療があります。この前処置療法は数日かけて行いますが、副作用が強く、造血機能はほぼ完全に破壊されます。約1日空けて、血液中から抗がん剤がほとんどなくなった時期を見計らって、冷凍保存しておいた患者さんの造血幹細胞を、点滴の管から体内に輸注します。その後、白血球を増やすG-CSFという薬を注射して、造血幹細胞が増えるのを助けて回復を早めます。

移植後10日から2週間すると、輸注した造血幹細胞由来の細胞が増えてきますが、これを生着(せいちゃく)と呼びます。細胞を輸注した日から1ヵ月以内で退院、約3ヵ月後には職場復帰というのが通常の自家末梢血幹細胞移植の流れです。ただ、造血機能が完全に回復して免疫機能がもとに戻るには半年くらいは必要です。しばらくの間無理はできません。


下記の記載はこの治療の恐さを物語っています

前処置で投与される超大量の抗癌剤は,致死量をはるかに超えているため,投与後放置すれば必ず死亡します.正常の細胞も含めて骨髄細胞が根絶するからです.したがって,前処置を開始したならば途中で中止する事はできませんし,その後必ず移植しなければ致死的となってしまうのです.
 皆様の全身状態や病気の状況によっては,直前に移植を中止にする事もございますが,最終判断は,前処置の始まる前までに行ないます.



團十郎さんの著作からその壮絶な治療がわかります

体力と臓器の限界ギリギリまで抗がん剤を投与し、骨髄内の幹細胞を完全に死滅させた上で、先に取っておいた正常な幹細胞を*1注入する。
(...) ただただ痛み苦しみが続いたのだ。もちろん食物など口を通らない。吐き気や痛みに苛まれ、ごくりと水を飲むこともかなわない。顔はやつれ、どす黒く変色した。意識は朦朧として、まるで大航海時代に船底に放り込まれたような闇黒である。(...) ついには光さえ苦痛になって耐えられないのだ。
(...) ふつうの治療の時は、子供の頃のことなど様々な思い出が甦ってきて、これまでそれを綴ったりもしたが、もう何も考えられない。この間断ない苦痛には、これがいつまで続くのか、体はどうなっているのかといった思考はまったく働かない。ただ暗闇の中で体を丸くして耐えているだけである。(...)
 我ながらよくぞ持ったと思うくらいだが、1週間ほどたった頃だろうか、本当に薄皮をはぐように、少しずつ苦痛がやわらいできた。
(pp. 115-6)


「無間地獄から戻ってきた感じです」。急性前骨髄球性白血病再発のため昨年8月末から入院・休養していた歌舞伎俳優市川団十郎(59)が15日、東京・歌舞伎座で復帰会見で行った。抗がん剤の大量投与後の末梢血(まっしょうけつ)幹細胞自家移植で完治。5月の歌舞伎座「団菊祭」で舞台復帰するが「最初の入院(一昨年5月)とはケタ違いに大変でした。投与中は帆船で大嵐の中を航海しているような気分だった」と過酷な闘病生活を振り返った。
 一昨年10月の復帰会見では「浮世に戻ってきました」と話した団十郎だが、再入院となった今回は「無間地獄から戻った感じです」と振り返るほど過酷な治療だった。
 検査で再発が分かり、昨年8月29日に再入院した。当初は再発を「風邪がぶり返したぐらい」にしか思っていなかったが、医師から「かなりのリスクを伴い、相当の覚悟が必要」と宣告された。治療には骨髄移植なども検討されたが、結局、自分の骨髄の幹細胞を移植する末梢血幹細胞自家移植が行われた。昨年12月、大量の抗がん剤を投与して陰性にした後、幹細胞を採取。さらに前処置として抗がん剤を再度大量に投与して、幹細胞を移植した。
 団十郎は「肉を切らせて骨をたつ療法だった。投与中は、顔は真っ黒で、帆船で大航海し大嵐の中で船底で船酔いしている気分。その1週間は地獄の亡者みたいな気持ちだった」という。自家移植の結果、医師から100%完治とは言えないが、高い確率で完治とのお墨付きをもらった。




まぁ・・・血液のがんというのは本当に完治するのか疑問があるのですが・・・

とにかく・・・ゆるい気持ちで生きていきます






それでは・・・


とにかく検査結果を待ちます


ちゃお

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コメント(9件)

内 容 ニックネーム/日時
現状とこれから、よくわかりました。あぜ丸さんもよく勉強しているし、冷静に文章化できるし、立派です。逃げる訳にはいかない、ゆるりといくしかないですね。あんまり働き過ぎるなよ。
はげ丸
2013/05/20 18:35
どちらにせよ、インターネットの世界であれど全てを知ってしまう・・・そして立ち向かう・・・あなたの勇気に拍手したい GOOD LUCK
マッスル
2013/05/20 19:11
3度目の治療でベンダムスチン2クール終わったところの患者本人です。副作用のことを調べていて、ここに立ち寄らせていただきました。3年半前の2009年、LEED療法の後自家末梢造血幹細胞移植をやって、第2寛解を得ました、当時アラ還、今は還暦を越えてしまったおばちゃんです。
抗がん剤の副作用は個人差が大きいのですが、私の場合てんで「無限地獄」とは遠いものでした。ネットや病院の経験者から「すごくつらい」と聞いてびくついていたのですが、無菌室の中で毎日点滴台押しながら歩いていましたし、PC持ち込んでネットしまくったり、雑誌を読んだり「こんなお粥じゃなくてプリンを食わせろ!」とごねたりしていました。生着するまで一度常在菌にやられて40度ほどの熱発があった時は幻覚(夢?)を見たり湯たんぽやアイスノン、氷を使い放題でナースにあたったりもしましたが、それ以外は「こんな元気な患者は見たことがない」(もっとも私がそのがんセンターのLEED+自家移植第1号だったのですが)とドクターに言われたほど何ともありませんでした。もっとも、別の無菌室の男性患者はへろへろになっていましたから、私個人のパワーだったのか、女性だったからか、LEEDのおかげか、単なる偶然かわかりません。
いずれにしても、めったにできない経験ですから好奇心むきだしで臨んでください。
幹細胞採るときに両腕動かせないで数時間過ごした際、「鼻がかゆい〜」と訴えたら聞きちがえて「腹」を掻かれた時にはナースと大笑いしましたっけ。
大丈夫!おばちゃんについてきなさい!
いのママ
2013/05/22 00:37
はげ丸さん コメントありがとうございます

はいはい・・ゆるりといきますよ・・
まあ深く考えてもね・・・
あぜ丸
2013/05/22 20:19
マッスルさん、コメントありがとうございます

やはり自分の病気と治療法を調べるのは重要ですよね
そのへんの研修医よりも良く知ってます・・・
がんばります
あぜ丸
2013/05/22 20:20
いのママさん、コメントありがとうございます

ありがとうございます
しかし自家移植しても再発したことの方がショックでした・・・笑

自家移植はそれほどでもなかったのですね・・・もう抗がん剤も何もかも個人差が凄いありますよね・・・

あぜ丸の場合はベンダムスチンは全然あわなくて、まだふらふらします めまいとだるさが凄いです

いのママさんはどうですか?
ベンダムスチン大丈夫ですか?

確かにめったに出来ない経験なので視野は広がるし、並大抵に事では驚かない度胸もつきますね
あぜ丸
2013/05/22 20:22
あぜまるさん お大事にして下さいと言うしかなくて
・・・私も病で4月で、家業を断念しました。家族にも迷惑かけます。いずれは、決断しなくてはいけない事でしたから、色んな事考えて 考えて 決断しました。
だから、もう悔いは残らない。前に進むしか ないのですものね。自分のことで・・・すいません。
私 思うのですが、家族 友達 周りの方々に感謝して
います。あぜ丸さんにも、ブログ拝見させて頂いて
頂いています。勝ってで・・
無理せず がんばってくださいね。
ぽっけ
2013/05/23 00:46
ぼっけさん コメントありがとうございます

そうですか・・・ある時期では決断をしないといけないのかもしれませんね

とにっかう周りに感謝して生きていきましょう
あぜ丸
2013/05/23 06:59
あぜ丸さん,いつも応援し,+励まされています。
「泣くなはらちゃん」,うさぎも大好きなドラマでした。
「泣きたいときは泣いた方がいい」と,うさぎは,入院中,看護婦さんに言われたことがあります。お互いに,泣きたいときは泣いて,その後は,泣くなあぜ丸さん,泣くなうさぎ。
ファイトです。
初雪うさぎ
2013/06/08 10:59

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