シーガーディアンについて語ろう・・・♪ホテルニューグランド オリジナルのBarの方です・・・

 画像2年ほど前に書いたホテルニューグランドのBar シーガーディアンの記事のアクセスが多いので、今回は昔のバーについての思い出を書いてみたいと思います というのも、ネットを見ても昔のシーガーディアンの記事が見当たらないので・・・誰かが書き留めておかないといけない との使命感からです(笑)


あぜ丸が通い始めていたのは、1984年ぐらいで、あぜ丸はまだ23歳の若造だった時分だと思います バブルの匂いがしはじめた80年代半ばの時期です このときあぜ丸は元町の裏手にすんでいて、まぁ場所も近いし、矢作俊彦や大人の酒場に憧れて、若造の分際で通い始めたのです 当時はカクテルは6~700円ぐらいだったと思います

当時のシーガーディアンは、もちろんまだ旧館の階段の横にあり、今よりもずっと狭く、朝11:00から空いていました  隣には理容室があって、あぜ丸もそこで髪の毛を切ってましたね・・ゆったりとしたいい理髪店でした

 昼12時に入ってもいつも誰もいなかったですね時差ボケして外国から来た客が一杯ひっかけられるように11時から開店していると当時のチーフM本さんは話していました

画像で、ググっても、本当に古いバーの写真がないんですよね・・・あぜ丸は当時イラストや漫画もかいていたので、取材用に沢山写真を撮影しています・・・が・・・ちょっと見つかりません  たぶん、どこかにあるんですが10分の家内捜索では見つかりませんでした・・・しかし、いつか記録のために必ずUPします


ニューグランドのカウンターは5~6席くらいの小さなもので衝立のように切り立っているため、カウンターの下に足が入らず座り心地はあまりよくなかったんですよね で、カウンターの真中に柱があって、手前に2席 奥に4席ぐらいのものだった記憶があります (写真が見つかれば判明します)

で、もうお亡くなりになってしまいましたが、元町のフクゾーの先代の社長は、お店が終わると必ずここで飲んでました  社長には本当にお世話になったんですよね・・・というのは当時このバーに通うもっとも若輩ものなんで、ほっとけなかったんだろうと思います 社長はあぜ丸の結婚式にも出てくれましたし、子供に洋服もよく頂きました それから新婚旅行は社長の弟さん(有名な版画家さん)がNYに住んでいたので、向こうでNY中を案内してもらいました・・・今ではいい思い出です


おっと・・シーガーディアンの話でしたね

というわけで
1984 あぜ丸 23歳
1992 あぜ丸 31歳  

この短い期間が、オールドシーガーディアンの思い出なのです この年代から言えば、やはりあぜ丸が、最後の生き証人だと思います 当時の客層は、40代後半から60代ぐらいまでだったと思いますので・・その方たちはすでに60歳~80歳以上になってる感じですね・・・ 

で、カウンターのほかにボックス席が~6卓ぐらいあった気がします ここは本当に大人の酒場の雰囲気がしました 


画像当時はまだ本当におおらかな時代で、カウンターの端にはTVがあって、よくナイターをバーテンダーと観てました S根さんという今チーフの方が野球部出身だったので、昼間とかはバーテンダーでキャッチボールしたりしてました・・・考えられない時代ですよね・・・笑い

いま、そごうの10FにあるシーガーディアンⅢにいるN君は新入社員から知っています 彼も古いシーガーディアンを知ってる最後の若者らしいです 若者といってもN君も今では40歳を越えました・・・

たまにⅢに顔を出すのですが・・・チーフのI原さんとN君とは当時の話をよくします 当時は、緑色のジャケットだったんですよね・・・今は黒ジャケなんですけど・・・

あぜ丸がすれ違っただけでも、松田優作さん、藤竜也さん、内田裕也さん、阿木 燿子さん、作家では安部譲二さん、もちろん矢作俊彦さんらがいました・・・

矢作さんとは結構頻繁に顔を会わせましたね、まぁそれでも会釈をする程度に、大人の関係とか嗜みは、バーテンダーから習ったようなもんですね・・・

で、あぜ丸が何を飲んでいたのかといえば、夏はダイキリ一本でした シーガーディアンではダイキリも二種類あって、普通のと、すごい暑いときにはフローズンダイキリを飲んだりしてました 

今でもニューグランドに行って黙っていると「ダイキリですか?」と聞かれるくらいです(笑)

冬とかはギムレットやら色々飲みましたが、M本さんが振るマティーニは、あぜ丸にはドライすぎて・・・大変でした。ベルモットを垂らすか垂らさないかぐらいのもので、レモンピールも匂いだけ・・みたいな感じで、すごく鍛えられましたね・・・M本さんは、かなりあぜ丸を鍛える意識があったと思います(笑)

で、昭和の最後の数年間を、このバーで過ごせたことはあぜ丸のよき思い出です 確か美空ひばりさんの東京ドームに行きたかったねぇ・・・とバーテンダーの人と話した記憶があります ネットで調べると、ひばりさんの東京ドームコンサートは1988年の4月のことですね  

あぜ丸は89年にニューグランドで結婚式を挙げましたが、そのときにシークレットで、バーンダーの方々が総出で、出てきてくれて、オリジナルカクテルを振舞ってくれたのも、本当に良い思いでです 

 それと、確かニューグランドの小冊子にあぜ丸が掲載されたことがあります・・・あぜ丸が漫画を描いていた時代のことです・・・


それから、例の解体工事になったわけですけど・・・


今でも馴染みのバーテンダーと話すと「あのバーが最高だった」と言い合うことが多いです  これは何もノスタルジックで言ってるのではなくて、なんというか「男の酒場」の雰囲気があったんですよね(性差別で言ってるわけではありませんので、あしからず(笑)


あぜ丸が一番好きだった時間帯はやっぱり夕方の開いたばかりのバー   平日の18時ごろです カウンターはピカピカに磨かれ、夜の帳が降りる時間帯 一日の仕事が終わって、観光客がいない静かなバー・・・・これは至福の時間でした・・・・


今ではバーすら「禁煙」だと聞きます・・・ちょっとなぁ・・・と思いますが、自分も吸わなくなったので楽は楽ですけどね・・・・


というわけで・・・・もう本当に、あのバーを知ってるのは、あぜ丸世代が最後なんだなぁ・・・と思います 本当にノスタルジックおやじになってしまってるなぁ・・・

画像今度、当時の写真が出てきたら必ずアップしますね  80年代にはまだ、本牧にリキシャルームも、LINDYもありました・・・マイカル本牧が出来てから・・・もう本牧はヨコハマではなくなってしまいました・・・・そのマイカル本牧でさえ・・・いまでは廃墟っぽい感じです・・・・これ以上は愚痴になるので・・・やめときます(笑)


というわけで・・・・

最近は、横浜そごうの10FにあるシーガーディアンⅢにいくことが多いのです ニューグランドのあるシーガーディアンⅡは、やっぱり馴染まないんですよね・・・天井低いしさ・・・


あぜ丸は結構いい時代を体験できたし、昭和の最後の残り香を十分味わったと思います
身銭を切って遊んだのは無駄ではなかったと思っています


それでは・・・

さまよう薔薇のように・・・・

ちゃお



この記事へのコメント

riversider
2011年03月05日 07:59
おはようございます。

素敵な想い出ですね。羨ましいです。
レイモンド・チャンドラーも、「長いお別れ」のなかで、やはり書いていますね。曰く、
「ぼくは店を開けたばかりのバーが好きなんだ・・・何もかもぴかぴかにに光っていて・・・静かなバーでの最初の静かな一杯・・こんなすばらしいものはないぜ。」

音楽以外の話題に食いつきが良い私です(笑)
あぜ丸
2011年03月05日 08:07
riversiderさん、コメントありがとうございます(^-^)/

まさに、チャンドラーや矢作俊彦さんの世界に憧れてたんでしょうね(笑)

しかし、当時の横浜にはそれを実践できる素晴らしいバーがあったんですね。

バブルであの世界がなくなってしまい、ヨコハマはなくなってしまいました。

ギムレットには早すぎるね…
テリー
2011年03月06日 08:11
関西人からすると、
東京と違い、横浜は一種憧れの街、
東京は仕事する場所、横浜は楽しむ場所、
みたいな思い込みあり、、、

シーガディアンは知りません、
ゴッデスやドルフィンと同じ、歌の中の店であります、
ほんとにあるんですね
あぜ丸
2011年03月06日 09:14
テリーさん、コメントありがとうございます(^-^)/

いやいや全部存在しますよ!(笑)ドルフィンから見えるのは工場の煙突とタンクですけどね!

ヨコハマはでも落ち着きますよねー!やっぱり東京とはちょっと違うノンビリ感覚がいいのです。
マークⅡ
2011年03月06日 11:02
 あぜ丸さん、こんにちは。
 古きよき時代、というほど時間的にはないかもしれませんが、時代の流れの速さを思うと、そう言っても過言ではないような気がします。

 あぜ丸さんにとって、当時のあの時あの場所でしか感じることができなかったものが記憶にあるのですね。

 人はいろいろ便利なものを手に入れた引換えに、何かを手放してしまったように思います。
 ノスタルジックでは生きていけませんけどね。。

 それでは、アスタルエゴ!!
あぜ丸
2011年03月06日 13:03
マークⅡさん、コメントありがとうございます(^-^)/

そうですね!特に町歩きが好きだった人たちからみれば、あのバブル期の変貌はすごいものがありました。東京オリンピックのときに、当時の文化人が受けたのと似たようなショックがあったと思います。それはなんというか土地に染み込んだ匂いが、全部吹き飛んでしまうような感覚というか…


とはいえ、そうした町の変化も楽しんで、これからも町歩きを、お洒落をして楽しみたいと思います!
なおぼん
2011年08月07日 11:50
こんにちは、初めまして・・・。
シーガーディアンで探して、たどり着きました。
昔、行ったことがあり、きのう、久しぶりに行ったのですが、記憶と違います。シーガーディアンⅡとあるので、Ⅰがあるのか?と、探したけれど、記憶の彼方で思い出せず。Ⅱに入り、ここ以外ありませんか?と聞いたら「ここだけです」と・・。階段が近くにあったような気がして、「2階とかにありませんでした?」に「宴会場だけです」と。でも、私の記憶のバーは、カウンターで天井も高かったのです。それで、しらべて、こちらで、納得しました!ありがとうございます。でも、今は、あそこしかないにしても、若いホテルマンだから知らないにしても、「あ、以前は・・・」くらいには、説明して~~、って感じです。だって、あのころのニューグランドがあるから、今があると思います。ほんとにほんとに、すてきなバーでした。
あぜ丸
2011年08月07日 17:14
なおぼんさん、コメントありがとうございます・・・

そうですか・・たどり着けて良かったです(笑)

あのバーがなくなってから早20年ですからね・・・新人で入ったバーマンがそごうのシーガディアンⅢにいます 彼で40菜ですからね・・・でもⅢのチーフはよく知っています 当時は裏庭でキャッチボールとかやってましたよ・・笑

ホテルマンでもあのバーを知ってるのは40歳以上になったんですね・・・

あのバー以上のバーはもう存在しないでしょう・・銀座のバーや東京のホテルのバーも結構行ってますが・・・やはりニューグランドですよ・・ね。