安部譲二さんが亡くなりました・・・

安部譲二さんがお亡くなりになりました 一般的には「塀の中の懲りない面々」が有名ですが、あぜ丸の中ではやはり大好きな作家矢作尾俊彦さんとのやり取り、三島由紀夫の「複雑な彼」のモデル、今はないロブロイのオーナーとして記憶しています

あとは男の子ならその生き方に憧れる存在だったと思います
たぶん僕らの1000年分を生きてると思います

で 、安部さんのエッセイで素晴らしい本があるのでご紹介です
「華麗なる自動車泥棒」

です これはkindleになっていますが固定レイアウトなので少し大きな端末が見やすいです
でもこれは隠れた名エッセイと思っており、クルマ好きには最高の一冊です
abeabe.GIF


そしてとにかく女性遍歴につきます 世界中の美女 女優 もちろん日本のお嬢様から女優まで・・・エピソートが最高すぎます
一番好きなのは日航の試験の時にフランス語の試験官がモレシャンさんで、安倍さんは英語はできたけどフランス語はフランス女を口説くセリフしか知らなかったそうで、試験官のモレシャンさんを口説きまくって合格したそうです・・・こんなエピソード満載

作家・安部譲二の華麗な自動車遍歴コラム!クルマが人生を輝かせていた時代への愛を込め、波乱万丈のクルマ人生を笑い飛ばす!月刊GENROQ‘97年4月から56回にわたり連載された『クルマという名の恋人たち』を、鐘尾隆のイラストとともに再掲載。青年期からギャング稼業時代、そして作家人生の歩みまで、それぞれの時代の想いを込めた名車、珍車(!?)が登場します。稀代のストーリーテラー安部譲二のクルマ語り!(文:安部譲二 イラスト:鐘尾 隆)


経歴さわりだけ
・祖父は漱石などと帝大で同期

・私立麻布中学校2年の時、江戸川乱歩主宰の雑誌にアブノーマルセックス小説を投稿し、乱歩から「この子は心が病んでいる」と言われ、北鎌倉の寺で写経をさせられたことがある

・橋本龍太郎と麻布で同級生

・中学在学中から安藤組大幹部の阿部錦吾の舎弟となり、安藤組事務所に出入りしていたため麻布高校への内部進学が認められず、1952年には夏祭りの場で複数のテキ屋と争い、出刃包丁による傷害事件を起こしたことから、困った父親により育ったイギリスに留学させられる。

・イギリスウィンブルドンの寄宿制学校リッジウェイス・スクール[要検証 – ノート]に進む。同校在学中、南ロンドン地区の少年ボクシング大会のライトウェルター級選手として優勝している。

・入寮から4ヶ月経った時、イタリアから留学中の女子生徒と全裸で戯れていたのを舎監に発見され退寮処分を受ける。16歳のときカメラマンのアシスタントとしてオランダに渡り、ロバート・ミッチャムと売春婦を巡り殴り合いをおこなったことがある

・1959年に22歳で保善高校定時制を卒業。この後、神田のYMCAのホテル学校に入学。1961年1月に23歳で日本航空に入社。客室乗務員として国内線や国際線に乗務する。スチュワードからパーサーまで出世するが、理不尽な要求をする乗客とトラブルになり殴ってしまったことをきっかけに、前科3犯(当時)で執行猶予中であることや暴力団組員であることが露見し、1965年1月に退社


ここまで見ただけで・・・・相当波乱万丈の人生ですよね

青山ロブロイ



とにかく豪快な人でした

ご冥福をお祈り申し上げます


ちゃお

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